- 当時、熊本大学医学部を卒業して、2年目のことでした。
- ローテーション研修を終えて、熊本大学皮膚科教室に、入局した年でした。
- 当時医局長で現在の宮崎医科大学名誉教授井上勝平先生の指示で、金属針による脱毛を行っておりました。
- 患者さんのニーズに応えるということで、行っておりました。如何せん。
- 小林式脱毛針ではありませんでしたので、毛嚢開口部のヤケドが見られました。
- アト傷が残ることが多く、悶々たる不満足を感じておりました。
- その後、現在熊本県玉名市で開業の永田貴士先生によるデピラトロンの研究も不発に終わりました。
- 1992年東京出張の折、小林式医学電気針脱毛を知りました。
- これならいける。患者さんに応えられる。早速、研究会に出席。職員と研修会に出席。
- しかし、職員の「病院でエステみたいなことはどうか」の一言で、お蔵入りとなりました。
- 4年前、NHKのニュースで、「厚生省はエステでの脱毛は医療法違反と見解」と報じられました。では、
- 「毛」を研究している皮膚科がやるべきと決断。福岡に、本格的研修。脱毛師を養成。
- 1997年5月より、小林式医学電気針脱毛を開始。
- 現在も、部分絶縁針脱毛は、アメリカFDAの認めた唯一の永久脱毛技術として、根強い指示を受けている。
- 1997年2月、日本に初めて、レザー脱毛器が輸入されました。
- 1999年、牧野皮膚科でも、レザー脱毛を計画。浜松市の小林先生に、相談。
- 小林氏「私のところは入れたが、もう少し待ったがいい」と忠告。
- そして、2000年、新しいレザー脱毛器誕生。
- 院長、熊本大学卒業して、皮膚科入局後、28年後の秋でした。
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